何故、ここに逃れてきたのか?
2004年9月28日 日常僕は7月1日付けの辞令を受け、埼玉から東京へ異動した。
そこから、自身の流れが急流と化した。
本当にいろいろあって、疲れてしまうことがあって、
それでも、なんとか、自身の出来うる限りのコントロールをしてきて、
それでも、うまくいった方だった。
しかし、あまりにも結果がそれに伴って来なかった。
ツキに見放されたと言っても十分に足りうる言葉だと思う。
信用していた友達に裏切られたし、会社の処遇にも不満があった。
体調もひどく崩してしまい、笑顔でなんとか取り繕うのもつらかった。
自分の予定していた簡単なイベントもすべて中止。
楽しみを味わうことも薄かった。
僕はそのつらさを愚痴って自身のホームページに、
いろいろと書いてしまったのだ。
当然、それを快く思わない人は居る。
要は当事者(この場合は会社関係の人。(新しい職場の人達。
実は前の職場は僕の公認で見ることが出来ていた。))
に見られてしまった。
上司に注意を受けたものの、話しても理解は得られないのを、
僕は知っていた。
だから、わたしはここへ移り住んだ。
ただ、今更、会社のことはもちろん、つらかったことを、
ここに大々的に持ち込むつもりはない。
聞こえよく言えば、新しいスタートを切ろうと思ったから。
日記とかは、ある程度の節度が求められるけど、
それと同時に自由であるべきだと思ってる。
抑圧された日記を書いているなんて、それはつらいことだ。
誰かに見られていることは、意識して当たり前だけど、
それに対して、周りの寛容さと真剣さが欲しいと僕は思ってる。
例を挙げれば、ワイドショーを見て、文句ばっかり言っていて、
問題に対して取り組まない人っているでしょ?
そういう、そのときの憂さ晴らしだけじゃ、駄目なんだ。
直向(ひたむき)に真摯(しんし)に物事にあたること、
僕はそういう生き方をしたいと思う。
だから、そんな風な日記になればいいと思う。
確かに人間だから、挫けたり、投げ出しそうになるかもしれないけど、
そこから、立ち上がって、頑張っていけるなら、それでいいと思う。
そこから、自身の流れが急流と化した。
本当にいろいろあって、疲れてしまうことがあって、
それでも、なんとか、自身の出来うる限りのコントロールをしてきて、
それでも、うまくいった方だった。
しかし、あまりにも結果がそれに伴って来なかった。
ツキに見放されたと言っても十分に足りうる言葉だと思う。
信用していた友達に裏切られたし、会社の処遇にも不満があった。
体調もひどく崩してしまい、笑顔でなんとか取り繕うのもつらかった。
自分の予定していた簡単なイベントもすべて中止。
楽しみを味わうことも薄かった。
僕はそのつらさを愚痴って自身のホームページに、
いろいろと書いてしまったのだ。
当然、それを快く思わない人は居る。
要は当事者(この場合は会社関係の人。(新しい職場の人達。
実は前の職場は僕の公認で見ることが出来ていた。))
に見られてしまった。
上司に注意を受けたものの、話しても理解は得られないのを、
僕は知っていた。
だから、わたしはここへ移り住んだ。
ただ、今更、会社のことはもちろん、つらかったことを、
ここに大々的に持ち込むつもりはない。
聞こえよく言えば、新しいスタートを切ろうと思ったから。
日記とかは、ある程度の節度が求められるけど、
それと同時に自由であるべきだと思ってる。
抑圧された日記を書いているなんて、それはつらいことだ。
誰かに見られていることは、意識して当たり前だけど、
それに対して、周りの寛容さと真剣さが欲しいと僕は思ってる。
例を挙げれば、ワイドショーを見て、文句ばっかり言っていて、
問題に対して取り組まない人っているでしょ?
そういう、そのときの憂さ晴らしだけじゃ、駄目なんだ。
直向(ひたむき)に真摯(しんし)に物事にあたること、
僕はそういう生き方をしたいと思う。
だから、そんな風な日記になればいいと思う。
確かに人間だから、挫けたり、投げ出しそうになるかもしれないけど、
そこから、立ち上がって、頑張っていけるなら、それでいいと思う。
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